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 航空母艦 翔鶴

航空母艦 翔鶴

昭和12年12月12日計画により横須賀海軍工厳にて竣工。姉妹艦瑞鶴と共に第5航空戦隊を編成し、猛訓練に入る。11月8日山本連合艦隊司令長官は「機密連合艦隊命令作第一号」と「同第二号」を発布、これにより翔鶴は赤城、加賀、蒼鶴、飛龍、瑞鶴と共にエトロフ島とトカップ湾に向け行動を開始。
 航空母艦 瑞鶴

航空母艦 瑞鶴

日本海軍は昭和11年末、ワシントン軍縮条約が放棄され、その制限から解放されると、さっそく三計画が実施されました。この三計画は昭和12年度補充計画で、戦艦大和、武蔵などを含む艦艇70隻、30万トンにも及ぶ膨大なものでした。空母瑞鶴型の2艦もこの計画基づくもものです。南太平洋海戦に参加、翔鶴とともにアメリカ空母ホーネットを撃沈、エンタープライスを撃破する戦果をあげました。レイテ沖海戦では両舵に3本の魚雷が命中しフィリピン沖でその姿を消しました。
 航空母艦 飛龍

航空母艦 飛龍

飛龍はきわめて優秀な中型空母で、大正年間から日本海軍がいろいろと試行錯誤をくり返してきた空母開発が到達した近代空母である。昭和11年7月8日に横須賀海軍工廠にて起工され、翌12年11月16日進水、昭和14年7月5日に完成した本能は就役後に搭載複数と機種、航空兵器などの改正および定数変更が行なわれ、またこれにともなって船体関係の工事も数次にわたって実施された。飛龍は第一航空艦隊の中堅空母として太平洋戦争の緒戦期に無敵の感を与える大活躍を行ない、そして運命を決定したミッドウェー海戦を迎えた。この海戦で、わが赤城、加賀、蒼龍の三空母は米複動部隊艦爆の奇襲をうけ、沈没あるいは大破炎上を被る中、飛龍は単能で米機動部隊に攻撃を敢行し、米空母ヨークタウンに大損害を与えたが、自らも敵艦爆の攻撃をうけ爆弾4発が命中して大火災を起こし昭和17年6月6日、同海戦においてわが駆逐艦の雷撃により沈没処分にふされ短い生涯の幕を閉じた。
 航空母艦 赤城

航空母艦 赤城

赤城は日本海軍にとって、鳳翔につぐ2隻目の空母であり最初の大型空母であった。初めは88艦隊計画に基づいて巡洋艦として建造中であったがワシントン軍縮条約の結果、空母に改造された。昭和16年12月8日真珠湾攻撃では第1次攻撃に九七艦攻27機を以って米太平洋艦隊戦艦部隊を撃破し、第2次攻撃では九九歳爆18機を送りフォード島及びヒッカム基地を攻撃し甚大な戦果をあげた。
 日本海軍 戦艦大和

日本海軍 戦艦大和

基準排水量およそ65000トンの巨体、射程40キロにも及ぶ46センチ砲9門を搭載した大和は、旧日本海軍が当時、世界最大、最強を誇った超大型戦艦です。1941年12月に完成し、太平洋全域で活躍しました。1945年4月、片道分の燃料しか持たず、沖縄特攻に出撃しましたが、途中敵機動部隊の激しい意攻撃を受け、目的を達せず遂にその生涯を閉じたのでした。
 重巡洋艦 鳥海 1942

重巡洋艦 鳥海 1942

妙高型巡洋艦に続いて計画建造された、1万トン級巡洋艦が高雄と鳥海です。優美な船体に重厚な艦上構造物と10門の20.3センチ主砲に酸素魚雷と言う強力な兵装の組合わせが、独特な艦容を作り上げ数多くの艦艇ファンを獲得しています。高雄型巡洋艦の商品化にあたっては、各艦の違いを出来うる限り表現しました。船体はバルジ部分を別パーツ化することで、バルジのない鳥海の船体を再現しました。さらに、艦橋、煙突の蒸気捨管、メインマスト、吸気口、高角砲、中央部シェルター甲板、航空機作業甲板などなど1942年当時の高雄と鳥海の違いを合計、200を越える部品によって再現させることができます。
 重巡洋艦 高雄 1942

重巡洋艦 高雄 1942

妙高型巡洋艦に続いて計画建造された、1万トン級巡洋艦が高雄と鳥海です。優美な船体に重厚な艦上構造物と10門の20.3センチ主砲に酸素魚雷と言う強力な兵装の組合わせが、独特な艦容を作り上げ数多くの艦艇ファンを獲得しています。高雄型巡洋艦の商品化にあたっては、各艦の違いを出来うる限り表現しました。船体はバルジ部分を別パーツ化することで、バルジのない鳥海の船体を再現しました。さらに、艦橋、煙突の蒸気捨管、メインマスト、吸気口、高角砲、中央部シェルター甲板、航空機作業甲板などなど1942年当時の高雄と鳥海の違いを合計、200を越える部品によって再現させることができます。
 日本海軍 甲型駆逐艦 雪風 “天一号作戦”

日本海軍 甲型駆逐艦 雪風 “天一号作戦”

雪風は、数ある日本海軍艦艇の中でも、もっとも栄光に満ちた存在として知られている。「武勲艦」「幸運艦」「奇跡の船」など雪風を讃える言葉は多い。雪風は、第二次大戦開戦当初から常に主要作戦に従事し、戦闘はもちろんのこと、護衛、輸送、救助と休む間もなく太平洋を走り回った。しかも終戦の日に、活動できる数少ない駆逐艦の一隻だった。
 日本海軍戦艦三笠 日本海海戦

日本海軍戦艦三笠 日本海海戦

戦艦“三笠”は、明治35年(1902年)3月1日英国ヴィッカース・ソンズ・アンド・マキシム社で竣工。武装は、30.5センチ主砲4門、15.2センチ副砲14門、7.6センチ補助砲16門、4.7センチ速射砲4門、水中に45.7センチ魚雷発射管を4基持ち、最大速度18ノット、艦体にクルップ鋼による装甲を施し竣工当時、世界最強の戦艦でした。明治36年12月、連合艦隊旗艦となり東郷平八郎司令長官のもと日露戦争を戦いました。
 日本特型潜水艦伊-400

日本特型潜水艦伊-400

隠密行動が可能な潜水艦から特殊攻撃機「晴嵐」を3機発進させるという、史上類を見ない潜水空母として建造されたのが日本海軍の伊-400型潜水艦です。全長122m、全幅12m、水中排水量6560トンという威容は駆逐艦に匹敵し、当時としては世界最大を誇りました。また、無寄港で地球を一周半できる長大な航続性能を備え、アメリカ東海岸や連合軍の要衝パナマ運河に奇襲攻撃をかけることも決して夢ではありませんでした。1番艦の伊-400は太平洋戦争末期の昭和19年12月に竣工。2番艦の伊-401と共にウルシー環礁のアメリカ機動部隊を攻撃に向かう途中で終戦を迎え、ついに一度も実戦を経験することはありませんでした。しかし、その性能は日本海軍の優れた技術力を世界に示し、後の戦略ミサイル原潜の構想に繋がったとも言われています。
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